サマット山(フィリピン)/Mr.Samat (Philippines)

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第二次世界大戦中、サマット山のあるバタアン半島では、日本軍と米軍(フィリピン人も)が交戦しました。
多くの犠牲者をだしてしまったことから、サマット山には、慰霊碑として大きな十字架が建てられています。

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麓とに「戦争記念館館」的なものがあり、さらに十字架の中にはいれたようなのです。
(と、後から調べて知りました)が、管理人が行った時は台風のためか、あいていませんでした。

サマット山(フィリピン)/Mr.Samat (Philippines)

オープンスペース(?)には、バタアンの戦い(THE BATTLE OF BATAAN)の説明があります。

サマット山(フィリピン)/Mr.Samat (Philippines)

向かい側にも同様に、説明があり、最後の部分を引用します。
OUR MISSION IS TO REMEMBER.

管理人訳:覚えている(思いだす、忘れない)ことが、我々の使命です。

多少の違和感を感じまして。
「覚えている」「思いだす」「忘れない」は、何かを経験した方がおっしゃることの気がします。
だから「バタアンの戦い」を経験した方たちがつくったであろう、この碑にもの申す気はありません。

ただ、管理人は「バタアンの戦い」を経験した訳ではありません。
今もそうなのでしょうが、今後は「経験をしていない」人間が圧倒的に増えていきます。

なので「OUR」を自分(たち)におきかえると
OUR MISSION IS TO KNOW AND TO COMMUNICATE.

「知って、そして伝えることが使命」なのかも?と思いました。

サマット山(フィリピン)/Mr.Samat (Philippines)

十字架の足下までは、ちょっとした登山です。
管理人が登っているときに、ちょうどフィリピーナの若者たちが降りてきていまして。

「Where are you come from?(どこからきたの?)」ときかれヽ( ̄ー ̄ )ノ
(・・・この場所で、そんなこときかないで。アウェイ感が半端ない)

「From Japan」とは答えたものの、いかなる理由があったとしても、自国のご先祖様がこの地でしたことを思うと(もちろん、彼らは自分たちの正義を信じていたのでしょうが)何だか肩身がせまかったです。
フィリピーナの若者たちは、屈託のない笑顔をかえしてくれましたが。

そして、今でもフィリピンでは、バタアン半島が陥落した4月9日は「武勇の日」として休日になっています。

多くの国では、日本政府及び連合国代表が降伏文書に調印した9月2日、あるいは翌日の9月3日を「対日戦争終結日(戦勝日)」としています。
韓国では8月15日を「光復節」として、日本による朝鮮半島統治からの「解放」を祝う日となっています。
「勝った日」「解放された日」なんですよね。

例えば、山下奉文大将が降伏文書にサインした9月3日などを「武勇の日」としても、よい気がするのですが、あえてバタアン半島が陥落した日「4月9日」をフィリピンの祝日にしています。

この感覚が、すこし不思議です。
現地に足を運び、物事をいろいろな視点からみて、知ろうとする努力を続けなくては。

During the Second World War, in the Bataan peninsula with Samatto mountain, the Japanese military and the US Army (Filipino also) was at war.
Because of a large number of victims, Samatto mountain has a large cross as a memorial.

In the Philippines, April 9 the Bataan Peninsula fell, it has become a holiday as “heroism of the Day”.

2015年7月6日 July 6, 2015

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One thought on “サマット山(フィリピン)/Mr.Samat (Philippines)

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