バリ島の父とよばれた三浦襄翁のお墓参り

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アジアを旅すると、自分が生まれ育ったのに、知らなかった「日本」に出会うことがあります。
今回は、戦前、戦中に「バリ島の父」と慕われた「三浦襄」氏のお墓参りをしてきました。




1.バリ島の父とよばれた「三浦襄翁」について

2.「三浦襄翁」のお墓を探す

3.「三浦襄翁」の遺言(一部)

4.「三浦襄翁」のお墓に手を合わせてきました

5.バリ島観光のざっくり地図


1.バリ島の父とよばれた「三浦襄翁」について

三浦襄翁は、日本の実業家です。
第二次世界大戦時に日本の占領下にあったバリ島で「インドネシア解放の大義」を信じ、民政部顧問として日本軍とバリ島社会との仲介役に尽力しました。
1945年8月の日本の敗戦により、9月に予定されていた解放の約束を果たせず、その責任を取り自決しました。

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管理人は、お恥ずかしいことですが、バリ島にきてはじめて、バリ島が日本統治下にあったと知りました。
三浦襄翁についても、今回はじめて知りました。
アジアを旅すると「知らなかった日本」に出会い、戸惑います。

2.「三浦襄翁」のお墓を探す

アジアの戦跡を検索すると、いつもたどりつく「戦跡の歩き方」さんをたよりに目印となる「トゥガル・ベモステーション(Tegal Bemo Station バスターミナル)」に到着。
まわりをきょろきょろしたのですが、方向がまったくわからず。

食堂のおかあさんに、スマホでお墓の写真を見せながらきいたところ
「Jo Miura is Japanese.(三浦襄は、日本人だよ)」
「Here is Bali.(ここはバリ島だよ)」
と、慈しむような表情で言われ、言外に
「どうして、あなたはバリ島で日本人のお墓を探しているの?(ありはしない)」と諭されている気がしました。

それでも、お母さんが他のお客さんに「あなた、知っている?」というように、きいてくれました。
そしたら、指差しで「まっすぐいって、右に行くんだ!」と教えてくれました。
それも「三浦襄翁」のことを知っていると言うより、この墓の在処を知っている、という感じでした。

「バリ島の父」とよばれていても、70数年の月日は重く、彼のことを知っているひとはあまりいないのかも知れません。。。

気を取直し、御礼を言い、指差された方向に向かい「ここで曲がるのかな?」と思った時点で、人にきき・・・
バリ島の父とよばれた三浦襄翁のお墓参り
看板を見つけました!!

3.「三浦襄翁」の遺言(一部)

バリ島の父とよばれた三浦襄翁のお墓参り
大きな祈念碑(?)が設けられ「三浦襄翁」の遺言の一部が抜粋されていました。

バリ島の父とよばれた三浦襄翁のお墓参り
インドネシア語と、日本語の併記。下記に引用します。

・・・吾々は今まで絶えず諸君に日本精神を、武士道を、或いは犠牲的精神を説き、君国の為には喜んで死ぬ事、インドネシア独立の基礎は諸君の犠牲の血であり骨であらねばならぬことを強調して来た。
更に日本人が断言せる事は必ず断行すると言う事実を諸君の前に示す事はこの三年有半育成せられたる諸君の覚醒せる精神に更に一段の向上進歩を遂げしむる最期の教訓であることを私は信じるものである。
今私は穢れたる肉体をかなぐり捨てて、清く正しき憐憫と感謝に満つる霊魂となりてバリ島に止まり吾が敬愛し親交せる一三〇万同胞の繁栄と幸福とを永遠に祈り念ぜんとするものである・・・
諸君よ左様なら。皇紀二六〇五年九月七日午前六時(西暦一千九百四五)
バリ島一三十万兄弟諸君へ 三浦 襄

「最後の楽園」とよばれるようになった現在のバリ島を、「三浦襄翁」が見たらどう思うのでしょうか?

4.「三浦襄翁」のお墓に手を合わせてきました

バリ島の父とよばれた三浦襄翁のお墓参り
お墓全体を俯瞰するとこんな感じです。
「バリ島の一般的なお墓」が、どのようなものなのか?わからないのですが、少なくとも日本式ではないですね。
掃除だとか、きちんと手入れをされているようで、安心しました。

バリ島の父とよばれた三浦襄翁のお墓参り
正面から映したところ。

バリ島の父とよばれた三浦襄翁のお墓参り
インドネシア語は読めないのですが・・・
1888年8月10日に東京に生まれ、1945年9月7日にデンパサールで亡くなった、ということが彫られていると推測されます。
そして、生誕100周年の1988年に日本バリ会(NIPPON BALIKAI)の方たちが、整備をしたのでしょうか?

美しい景色や、伝統的な寺院、おいしい食事も、バリ島の観光の楽しみ方でしょう。
それに加え、日本から遠く離れたバリ島で、バリ島の繁栄を願い、バリ島へ骨を埋めた先輩に思いを馳せ、手を合わせてみてはいかがでしょうか?
きっと、バリ島への理解が広がると思います。

5.バリ島観光のざっくり地図

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