シンガポール/Singapore

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シンガポールでは、日本ゆかりの地を訪問しました。
いわゆる「観光」だったら、いつでもできるので、ピースボートさんならではのツアーに参加しようかな?と思いまして。

シンガポール/Singapore
日本人墓地。
小さい石のお墓は「唐ゆきさん」のものだとか。

「日本は先進国<(* ̄  ̄*)>」と、誇らしげに思っていました。
でも、それは、せいぜい第二次世界大戦後の話で。
昔は、アジア諸国から学び(遣唐使とか)、働く場を提供していただき(唐ゆきさん、日系の移民の方たちなど)、世界中の方々にお世話になってきています。
そういったご恩を知った上で、世界の方々(特にアジア諸国の方たち)とおつきあいをしなくては。

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第二次世界大戦時のある時期に、シンガポールは、日本軍政下におかれ「昭南島」とよばれたそうです。
軍政下で反日運動が起こり、これを取り締まるため華人を多数虐殺したとされます。

ただ、長年に渡る白人の植民地支配に対し、アジア人がはじめて勝利した、という面もあり。
歴史は、知れば知るほどいろいろな面があって、自分の考えがまとまらなくなります。
(この本で概略がつかめました→山下奉文正伝 「マレーの虎」と畏怖された男の生涯

お恥ずかしい話ですが、41年生きてきて、そんなことはじめて知りました。
海外を旅する時には、観光地のそばにある戦跡に手を合わせるようになりました。
日本人とか、シンガポール人とか人種に関係なく、いろいろな方の犠牲の上に今があるのだと思います。

その慰霊と、二度とこのようなことをおこさないように、との意味がこめられ、この「血債の塔」「日本占領時期死難人民記念碑」が建てられました。
4本は、他民族国家であるシンガポールの主な民族「中国人」「マレー人」「インドネシア人」「ユーラシア人」を表現しています。

地元の方には「お箸の塔」ともよばれているそうな。
重たい気持ちを映すかのような、曇り空でした。

I visited the Japan related place in Singpole.

Japanese cemetery.

Little stones were “Karayuki-san”‘s cemetery.
Did they want to come back Japan?

Singporl was called “syonan-zima” in one period of World War2.
Under military rule, anti-Japanese movement takes place, it will be to have massacred a large number of Chinese in order to crack down on this.

For memorial,So that it is not again cause such a thing,The Memorial to the Civilian Victims of the Japanese Occupation is build.

Four towers represents “Chinese””Malay””Indonesian””Eurasian”.

It seems the local people are also called “tower of chopsticks”.

It was cloud,such as if reflecting the heavy feeling.

2014年12月1日 シンガポール(Singapore)

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3 thoughts on “シンガポール/Singapore

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