ホイアンで朱印船貿易時代の日本人のお墓へ(ベトナム)

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朱印船貿易の渡航先であったホイアンには、日本人町がありました。
ところが、1633年の鎖国令で、海外渡航が禁止され、ホイアンに暮らす日本人は帰国か残留かを迫られました。
生まれ育ったであろう日本ではなく、ホイアンを選んだご先祖さまたちのお墓が今も残っていると知り、お墓参りさせてもらうことにしました。




1.ダナンから黄色の「公共バス」でホイアンに到着!バイクタクシーさんと交渉成立

2.具足君のお墓

3.蕃二郎のお墓

4.谷弥次郎兵衛のお墓

5.バイクタクシーさん、ホテルまでの道で迷いました


1.ダナンから黄色の「公共バス」でホイアンに到着!バイクタクシーさんと交渉成立

ダナン市内観光→黄色の公共バス→五行山(The Marble Mountains)で、洞窟+寺院めぐり→黄色の公共バス乗車
そして「ホイアンのバスターミナル(下の地図参照)」に到着しました。

この日の「ミッション3」は、この地に眠る日本人のお墓参りをする!です。
朱印船時代にホイアンで貿易をし、鎖国令がでて多くの日本人が帰国したあとにも、ホイアンで暮すことを選んだ方たちのお墓が3つほどあるそうです。

▼場所は「ベトナムナビ」さんで、調査済み
https://vietnam-navi.info/article/3-japanese-tombs-in-hoi-an

なんせ、バスターミナルに到着したのが、17:00過ぎです。
暗くなる前に、お墓参りを済ませたいので、性格のよさそうなバイクタクシーの運転手さんと交渉を開始。

観光地でもなく、訪問者も少なさそうなので、道分かるかな?と心配していたら「I know it(知ってる)」とのことでした。
「お墓3ヶ所+ホイアン中心部のホテルまで」で100,000ドン(約500円)で交渉成立でした。

2.具足君のお墓

運転手さんに「Please Slow drive,Slow Slow(ゆっくり走ってね。ゆっくり、ゆっくり)」とお願いしたら、
ゆっくりと、道を曲がるときにも、車体をなるべく傾けないで、安全運転していただけました(* ̄∇ ̄)ノ

具足君のお墓(ホイアン/ベトナム)
ふつうのおうちの敷地内にあるようなのですが、運転手さんが、でてきた持ち主に、ベトナム語で話をしてくれているみたいで。
通じていないでしょうが
「I’m a tourist from Japan. Please pray for him.(日本からきた旅行者です。お参りさせてください) 」と声をかけ、お参りをさせてもらいました。

具足さんは、どうして生まれ育ったであろう日本を捨て、異国の地:ホイアンを選んだのでしょうか?
時間も距離も遠いご先祖さまの胸中を慮りました。

お掃除がきちんとされ(日本とは色が異なりますが)お線香が供えられていて。
そうした気遣いが、嬉しかったです。

3.蕃二郎さんのお墓

蕃二郎さんのお墓(ホイアン/ベトナム)
次に向かったのが「蕃二郎のお墓」
この碑の右側に小さな道があって、その奥にあります。

蕃二郎さんのお墓(ホイアン/ベトナム)
後ろのおうちの窓枠に「音符」が、装飾されています。
「蕃二郎」さんとの関係は不明なのですが。

このお墓もきちんと手入れがされていますね。

4.谷弥次郎兵衛さんのお墓

谷弥次郎兵衛さんのお墓(ホイアン/ベトナム)
次は田んぼのど真ん中にあるお墓へ。
もう少ししたら、蓮の花がキレイに咲きそうです。

谷弥次郎兵衛さんのお墓(ホイアン/ベトナム)
どうして、田んぼの中に、お墓があるのかは、わかりません。
ちなみに、右側に映ってしまっているのが、バイクタクシーの運転手さんです(笑)

谷弥次郎兵衛さんのお墓(ホイアン/ベトナム)
墓石に弾丸の跡らしきものがあるのが、気になります。

谷弥次郎兵衛さんのお墓(ホイアン/ベトナム)
谷弥次郎兵衛さんには、見えづらいのですが「言い伝え」がありまして。
谷弥次郎兵衛さんは、江戸幕府の外国貿易禁止令に従って日本へ帰国する事になりました。
ただ、彼はホイアンの恋人に会いたくて、ホイアンに戻ろうとして倒れた、そうです。

400年前の日本人も、恋をしていたのです。
「朱印船貿易時代のホイアンの日本人」きくと、距離も時間も遠く離れた存在のように思いました。
でも「恋をしていた日本人」と知ると、体温を感じると言うか、身近に思えるから不思議です。

谷弥次郎兵衛さんのお墓(ホイアン/ベトナム)
オレンジに染まる田んぼを眺めながら、ホイアンを選んだ日本人に思いを馳せました。

5.バイクタクシーさん、ホテルまでの道で迷いました

あとは、本日の宿泊地「ニョ ホームステイ ホイアン (Ngo Homestay Hoi An)」に、たどり着けば「日本人のお墓参り」は終了です。

ここまで、いっさい迷うことなく、それぞれのお墓にたどりつけていました。
だから、バイクタクシーさんを信じきっていました。
ところが、ホテルへの道で迷っているではないですか(; ̄ー ̄A
「I know it!」と言ってたのに。
お墓わかるかしら?と心配だったのですが、そっちかい(苦笑)

ホテルのバウチャーで、住所を何度か見せ、立派なホテル(「more little! small hotel」と叫びました)の駐車場係にきいて、何とかたどり着きました。
今から思えば、Googleマップで地図を見せなかったのが、敗因です。

「カムオン(ありがとう)」と言って「100,000ドン(約500円)」払おうとしたら、遠慮がちに「150,000」と言われΣ( ̄。 ̄ノ)ノ

「You said 100(100って言ってじゃん)」と言い返したら「so far(遠かった)」だってさ。

以下の2文は、心の中でつぶやき、口にはだしませんでしたが。
「遠かったのは、あなたがホテルへの道で迷ったからだよ」
「I know it!と言ってたのに」

お財布の中をのぞき
運転手さんが「200くれたら、50お釣り返すよ」というような動作をし「200,000ドン」紙幣をもっていこうとします。

「おい、おい」と思ったのですが、行きたかったお墓3ヶ所、
きちんと案内してくれたし、
ゆっくり安全運転だったし、
日本円にして約250円増しだし、
約750円で行きたいところ全部まわれたから、よしとしよう
と「150,000ドン」を払うことにしました。

念のため「50,000ドン」紙幣を受け取ってから「200,000ドン」紙幣を渡しました。
旅って、一筋縄ではいかないですね(; ̄ー ̄A

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One thought on “ホイアンで朱印船貿易時代の日本人のお墓へ(ベトナム)

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