日系ペルー人ゆかりの地/the relevant location of Niikei Peruvians

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垣根涼介さんの「ワイルド・ソウル」という小説を読み「棄民政策」とも言われた「日本人の移民」に興味をもちました。

「ワイルド・ソウル」のあらすじは、こうです。

日本政府の募集で、自営開拓移民として、ブラジルへ渡った主人公が、与えられた入植地は「開墾された土地」ではなくて「ジャングル」でした。
そこから、苦労をして、身をたて、日本政府に復讐をする!という話でした。

だからか「南米への移民=準備された土地(クオリティはともかく)に入植」と思っていました。
でも、それは、戦後のブラジル移民のお話で。

ペルーへの移民は、現地の労働力不足の農家さんと契約をして働く「契約移民」でした。
日本人の移民(日系一世)たちは、慣れない気候や、過酷な労働環境に辛苦をなめながら、勤勉に働き、信頼と尊敬を勝ちとっていったようです。

日系ペルー人ゆかりの地/the relevant location of Niikei Peruvians

日本人移民が、初期にはいった入植地の近くの風景
当時の様子はわかりませんが「不毛の土地」という訳ではないです。

日系ペルー人ゆかりの地/the relevant location of Niikei Peruvians

ペルーでは、おうちは完成してはじめて税金がかかるのだそうです。
だから、街中の家の大半は「工事中」でした

そして、「日本人墓地」へ。

日系ペルー人ゆかりの地/the relevant location of Niikei Peruvians

「日本人墓地」ですが、キリスト教式のお墓が多くて、多少の違和感が。
ガイドをしていただいた日系協会の方にきいたら「ペルーにきてから、キリスト教徒になったひともいる」とのことでした。

日系ペルー人ゆかりの地/the relevant location of Niikei Peruvians

慰霊碑には「救霊」の文字が。
「慰霊」「鎮魂」といった「霊を慰める」ではなくて「救霊」「霊を救う」。
どうして「救霊」という言葉を選んだのか、気になりました。

一昔前の日本は、南米に「出稼ぎ」にきていたこと。
最初は、蔑まれながらも、きちんと働き、子供たちに教育を受けさせてきたこと。
その結果、日系二世たちは、比較的高い地位についた方が多かったこと。
そして、ペルー社会の中で「日系」として、認められていること、など。

見知らぬ土地で、生きていく場所を確保するための努力に思いを馳せました。

と、同時に。
ペルーの方達の、寛容さに感動しました。

今、日本にはたくさんの国の方がくるようになっています。
自分たちは、ペルーの方たちが、日系人(日本人)を受けいれたように、他国にルーツのある方たちを受入れることができるのでしょうか?

I read a novel Kakine Ryosuke’s “Wild Soul”.
I was interested in “Immigration policy of Japan”.

Synopsis of “Wild Soul” is this.
The hero moved to Brazil,as self-employed settlers, in the recruitment of the Japanese government.
The settlements that have been given was “Jungle”, rather than the “land cultivation has been”.
From there, he spend a hard time, he made a living, and he did the revenge on the Japanese government.

So I thought “The immigrants to South America = prepared land (quality aside) settled in.”
But, it was a story of post-war immigration Brazil.

Immigrants to Peru, works as “contract immigrants”.
Labor force of local was insufficient.
They work diligently, had won the trust and respect.

A decade ago in Japan, that he had come to “migrant” in South America.

At first, even while being despised, they work properly, that he subjected to education to the children.
As a result, second generation Japanese Peruvian went to a relatively high position.
They observed as the “Nikkei” in the Peruvian society.

In a strange place, I thought of the efforts to secure a place they live.
At the same time,I was impressed to Peruvian generosity.

People from many countries came to Japan.

Japanese will be able to accept the people who has the different roots,as Peruvian accepted Nikkei (Japanese) ?

2015年1月28日

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