九龍寨城公園(香港)/Kowloon Walled City Park(Hong Kong)

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香港旅で訪れたかった場所のひとつが「九龍城」でした。
管理人のソウルアニメ「攻殻機動隊」にでてくる「アジアのどこか」が「東洋の魔窟」とよばれた「九龍城」に似ている気がしまして。
リアルな「九龍城」を見てみたかったです。

「九龍城」は地名で、日本で言う「九龍城」は「九龍寨城」というらしい

香港旅にでる前に「九龍城」を調べ、ていくうちに「九龍城」は、香港の地名で、日本でいう「東洋の魔窟」「九龍城」は「九龍寨城」というようです。
そして「九龍寨城」は、1990年代半ばに取り壊され、今では「九龍寨城公園」になっている、と知りました(ノ_・。)
なので「九龍寨城公園」を訪れることにしました。

「九龍寨城公園」バス停、どこで降りればよいのさ?

MTR觀塘線で「九龍塘(Kowloon Tong)駅」まで行き、緑のミニバス25Mで終点九龍城下車!と香港ナビさんに、書いてありました。
「緑のミニバス25M」に乗り込むまでは、スムーズにいきました。

でも、このミニバス「降車ボタン」的なものがありませんΣ( ̄。 ̄ノ)ノ
路線図もなくて「わたし、今どこにいるのかしら?」状態です。

心配になり、近くに座っていたご婦人に、地球の歩き方の「九龍寨城公園」のページを見せ「I would like to go Kooioon Walled City Park」と尋ねたところ「Follow me」となりまして。
一緒にバス停で降りてもらえ、「あっちだよ」と方向を示していただけました。
アジアのどこに行っても、親切な方はいらっしゃいます。
受けたご恩の一部を、日本で外国人のかたに返しましょう、と思う管理人でした。

九龍寨城公園は「庭園」?

教えていただいた方向に歩き、
九龍寨城公園(香港)/Kowloon Walled City Park(Hong Kong)
交通標識?が面白かったので思わずパチリと
「望右 LOOK RIGHT→」
日本語は、中国から漢字をとりいれ、長い年月をかけて日本人に合うように平仮名や、カタカナをうみだしてきました。
「もともと一緒」だから、漢字で書かれているニュアンスは何となくわかります。

九龍寨城公園(香港)/Kowloon Walled City Park(Hong Kong)
公園の中に「九龍寨城『公園』」があるのかしら?

九龍寨城公園(香港)/Kowloon Walled City Park(Hong Kong)
この塀に囲まれた部分が「九龍寨城公園」のようです
九龍寨城公園(香港)/Kowloon Walled City Park(Hong Kong)
何だか、中国庭園みたいです( ̄‥ ̄;)

衙府(The Yamen)のみが、唯一残っている当時の古代建築物

そして「衙府(The Yamen)」へ。
九龍寨城公園(香港)/Kowloon Walled City Park(Hong Kong)
この「衙府(The Yamen)」のみが、唯一残る当時の古代建築物で、「九龍寨城」が壊されるまで老人ホームとして使われていたそうです。

門の中には「九龍寨城」の歴史が、パネルや画像で展示されています。
九龍寨城公園(香港)/Kowloon Walled City Park(Hong Kong)
廊下には、電線やらが張り巡らされ、

九龍寨城公園(香港)/Kowloon Walled City Park(Hong Kong)
製麺所や

九龍寨城公園(香港)/Kowloon Walled City Park(Hong Kong)
お店もあったんだって。

どんな悪い人の巣窟だったのかしら?と思っていたら、ふつうの方たちの住処だったようです。

人が密集して暮していた、生活を営んでいたという点で、長崎県にある「軍艦島(端島)」を思いだしました。
軍艦島のコンシェルジュの方たちが「軍艦島には昭和のすべてがあった」とおっしゃっていたのが印象的でして。

「九龍寨城」は、そのなりたちや、歴史的経緯から「東洋の魔窟」「無法地帯」などと称されています。
が、そこで暮していた方たちは、普通に、当たり前の生活を営んでいたのではないでしょうか?

例えば「アウトローのお医者さん」は、大陸できちんと勉強をし、医師になり、その後国を逃れ、香港にたどりつきました。
香港では「アウトローのお医者さん」なのでしょうが、技術と知識とがあって、それを必要とするかたに提供して、生きる糧を得ていました。
法律上では「アウトロー」でも、人間としては、まっとうな営みの気がします。

「九龍寨城」は、カオスではあったのでしょうが、ちょっと前までいた「Mei Ho House/美荷樓」とさほど変わらない日常があった気がします。
「九龍寨城には、返還前の香港のすべてがあった」のかも知れない、と思いました。

ちなみに、取り壊す前の模型がありました。
九龍寨城公園(香港)/Kowloon Walled City Park(Hong Kong)
取り壊す前に、日本の技術者のかたたちが測量をしたそうです。

九龍寨城公園(香港)/Kowloon Walled City Park(Hong Kong)
うしろにあるイラストも日本人が書きました。
と、お散歩をしていた現地の方が教えてくれました(* ̄∇ ̄*)

第二次世界大戦中には、お隣の空港を拡張するために「九龍寨城」の城壁の一部を、日本人が壊したそうです。
アジアのどこに行っても、戦時中の日本人は悪者として顔をだします。
憧れの「九龍寨城」にも関わりがあったとは。

測量や、イラストが報いになっていればよいのですが。

南門の土台

九龍寨城公園(香港)/Kowloon Walled City Park(Hong Kong)
1843年に清政府によって九龍寨城が建設された当時の門の跡が「南門懐古(The Old South Gate)」として、残されていました。

「九龍寨城」が「東洋の魔窟」から「返還前の香港のすべて」があったかも知れない場所に変わりました。

“Kowloon Walled City” has been referred to as the “brothel of the Orient”
I visited “Kowloon Walled City”.
And the impression of “Kowloon Walled City” has changed.

2016年1月22日 Jan. 22, 2016

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